東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2372号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求めた。
被控訴人は当審における本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面も提出しないが、控訴代理人において陳述した原審口頭弁論の結果によれば、当事者双方の事実上の陳述は原判決に事実として記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)
三、理 由
茨城県新治郡山の荘村農地委員会が、昭和二十三年五月四日茨城県新治郡山の荘村大字小野字清滝入千百四十八番地山林七反二畝につき、これを訴外高瀬喜一郎の所有として自作農創設特別措置法第三十条第三十八条にもとずく買収計画を立てたこと、当時被控訴人が右計画は違法であるとして山の荘村農地委員会に異議の申立をしたが同月三十一日却下されたので、さらに同年六月十八日茨城県農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会において同年七月二日附で被控訴人の訴願を棄却する旨の裁決をし、その頃その裁決書謄本を被控訴人に送達したことは当事者間に争なく、右茨城県農地委員会のした処分は農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二十六年法律第八九号)にもとずいて控訴人のした行為とみなされるところである。
被控訴人は、右山林はもと訴外高瀬喜一郎の所有であつたが、右買収計画の前である昭和二十三年一月三十一日被控訴人においてこれを右高瀬から買受けその所有権を取得したものであるから、これを右高瀬の所有であるとして定めた買収計画は違法であると主張するところ、登記済証の部分の成立に争がなくその余の部分については原審における証人高瀬喜一郎の証言及び被控訴人本人の訊問の結果によつてその成立を認め得る甲第二号証、被控訴人本人の訊問の結果により成立を認め得る甲第三、第四号証の各記載並びに右証人高瀬喜一郎の証言及び被控訴人本人訊問の結果をあわせ考えると、本件山林はもと高瀬喜一郎の所有であつたところ、昭和二十三年一月三十一日右高瀬の代理人たる訴外岡田英二と控訴人との間で、これを代金二十五万円で高瀬から被控訴人に売渡す旨の売買契約を締結し、被控訴人は即日内金十七万円を支払い、残金八万円は同年二月十九日にその支払をすませたことを認めることができる。そして所有権移転の時期について特段の事情の認めるべきもののない本件では、右売買契約と同時に本件山林の所有権は被控訴人に移転したものといわなければならない。
控訴人は、被控訴人の所有権取得については買収計画当時はまだその旨の移転登記手続を経ていなかつたのであるから、被控訴人はその所有権を取得したことを、買収計画を定めた行政庁に対抗し得なかつたものであると主張し、当時右移転登記が未了であつたことは被控訴人の明らかに争わないところである。そこで民法第百七十七条の規定が本件に適用又は準用があるかどうかが問題となるのである。
思うに、自作農創設特別措置法にもとずく土地の買収処分は、いわゆる農地改革という国の政策の実行手段として、国が私人の所有する土地をうばう処分であり、法は、この政策の目的とか趣旨の実現に適するように買収の要件を定めていると解すべきである。この要件には、土地そのものの性質状況に関するものと、その土地の所有者のいかなる者であるかに関するものとがある。土地所有者に関する買収要件の存否を決するにあたつて、ある者を所有者としたところ、それは真実の所有者でないという場合には、その土地を買収すべきもの、または買収すべからざるものと決したことが、真実の所有者を標準として考えると、国の政策の目的にそわないとするべき場合があり得ることは否定し得ないところである。いうまでもなく、現行不動産登記制度は不動産についての真実の物権の所在を常に表示するものではないのであつて、民法第百七十七条は不動産物権の得喪変更を生ずる私法上の取引の安全を期することを目的とするものであり、従つて登記簿に公示されるところを信頼して取引関係にはいつた第三者は、どこまでも登記簿上の所有者が所有者だと主張することができるものとしているのである。これによつてその第三者は保護されるのであるが、自作農創設特別措置法による買収の関係にこれをあてはめて、買収処分によつて土地所有権を取得する国は、登記簿記載の所有者をもつて所有者だと主張し得るとするならば、その結果当局である行政庁は安易に登記簿記載を標準としてことを決し、結局において土地所有者に関する買収条件の規定に反する処分を強行し終る危険があるだけで、百害あつて一利もない。従つて国の側からは民法第百七十七条を援用することは少しも利益ではない。国の政策の目的に反する結果を招くかも知れないという不利益があるだけである。私法上の取引関係における第三者は所有権その他物権をその意図したとおりに取得することによつて完全に保護される。買収処分における国は所有権を取得することのみを意図するものではなく、法定の要件にあてはまる者の所有土地をうばうことを意図しているのである。従つて民法第百七十七条を適用又は準用すべき不動産物権変動ではなく、それと全く次元を異にする物権変動というべきである。この点において控訴人が登記の欠缺を主張するのは失当である。
本件において村農地委員会が買収計画を定めた当時本件山林の所有者が被控訴人であることは前認定のとおりであるから、これを高瀬喜一郎の所有として定めた買収計画は、当時右所有権の移転につき登記がされてなく、従つて右委員会がその事実を知らなかつたことは、実情から無理もないことだと言い得るとしても、違法なことをまぬかれないのである。従つてこれが取消を求めた被控訴人の異議を却下した右村農地委員会の決定に対し、被控訴人が茨城県農地委員会にした訴願につき、同委員会がこれを棄却した裁決も亦違法というべく、これが取消を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。これと同旨の原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴は理由のないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 薄根正男 浅沼武)
原審判決の主文および事実
一、主 文
茨城県新治郡山の荘村大字小野字清滝入千百四十八番山林七反二畝の買収計画につき原告のした訴願に対し茨城県農地委員会がした昭和二十三年七月二日附裁決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、茨城県新治郡山の荘村農地委員会は昭和二十三年五月四日主文記載の山林につき、これを訴外高瀬喜一郎の所有として、自作農創設特別措置法第三十条に基く買収計画を立てた。当時原告は右計画が違法であるとし、山の荘村農地委員会に異議の申立をしたが、同委員会は同月三十一日これを却下したので、原告は更に同年六月十八日被告の前身たる茨城県農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会は同年七月二日附で原告の訴願を棄却する旨の裁決をし、当時裁決書の謄本を原告に送付した。
二、しかしなから、右裁決はつぎの理由によつて違法である。
(一) 前記山林はもと訴外高瀬喜一郎の所有であつたが、前記買収計画前たる昭和二十三年一月三十一日原告において高瀬より買い受け、原告の所有となつていたものである。だからこれを高瀬の所有であるとして樹立された買収計画は違法である。
(二) 前記山林は非常に高い所にあり、しかもふもとからつゞら折れの急坂を上下しなければ行かれないような不便なところにあるので、これを開墾して畑地にするというようなことはとうてい不可能のことゝいわねばならない。ゆえにこれを開墾適地なりとして樹立された買収計画は違法である。
従つて、このような違法な買収計画を維持すべきものとし、原告の訴願を棄却した裁決は、これまた違法であるといわなければならないので、その取消を求めるものである。
と述べ、
被告の仮定抗弁に対し、原告が前記山林の前主高瀬喜一郎との売買契約による所有権取得につきその登記を経た日が昭和二十三年五月二十三日であることは争わないが、右登記完了によつて原告は何人に対しても自己の所有権取得を対抗し得るにいたつたのである。ところが本件裁決はこれを無視して高瀬喜一郎を所有者とする買収計画を維持すべきものとしたのであるから違法である。
と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、
原告主張の事実中、
一の事実は認める。
二の事実については、
(一) 原告がその主張の日に本件山林を高瀬喜一郎から買い受けたことは否認する。
仮に原告主張のとおり原告と高瀬との間に売買契約がなされたとしても、原告がその所有権取得につき登記を経たのは買収計画後たる昭和二十三年五月二十三日であるから、原告はその所有権取得をもつて山の荘村農地委員会に対抗することができなかつたわけであり、同委員会が本件山林を高瀬の所有に属するものとして買収計画を立てたのは違法でない。
(二) 本件山林が相当の高所にあることは認めるけれども、それは標高または海抜が高いということなのであり、山の荘村大字小野という部落そのものがその高いところにあるものであつて、この部落との関係的地勢ということになれば、決して高いとはいえないのである。この部落には本件山林より高いところにも耕地があり、立派に耕作されている。従つてふもとから右部落や本件山林に達するには原告の主張するようにつゞら折れの坂道を登らなければならないけれども、本件土地を買収するのはふもとの人に開墾させようというわけではないのだから、原告主張の事実は本件山林の買収計画を違法たらしめるものではない。
本件山林の買収計画樹立にあたつては、開拓審議会にはかり、開墾適地との判定を得ているのであるから、右買収計画は適法である。
従つて、原告の訴願を棄却した本件裁決には何らの違法はない。
と述べた。(立証省略)